【インタビューNo.02】シエラレオネの人たちが「この国に生まれてよかった」と思えるようにーーNPO法人アラジ・下里夢美さん

【インタビューNo.02】シエラレオネの人たちが「この国に生まれてよかった」と思えるようにーーNPO法人アラジ・下里夢美さん


同い年で、幼少期の家庭環境がよく似ている下里夢美さん(プロフィールはこちら)。その一方で、妊娠後もすべてに妥協せず国際協力の最前線を走り続ける姿は人生の先輩そのもの。

誰にも負けない「シエラレオネへの熱い思い」と、どんな壁にも等身大でぶつかる「圧倒的な行動力」を持った下里さんから、貴重なお話しを伺いました。

(聞き手:青年海外協力隊 角 正美)

国際協力に興味をもったキッカケとは?

きっかけは、高校2年生の時に見たテレビ番組「世界がもし100人の村だったら」のシエラレオネのドキュメンタリーです。

↑2016年ダイヤモンド鉱山で未だに手彫り採掘する労働者:下里氏撮影

シエラレオネ共和国は良質なダイヤモンドが採掘されることで有名です。1961年にイギリスから独立後、革命統一戦線RUFと政府軍との間で、ダイヤモンド鉱山の利権を巡って2003年まで約10年間内戦が繰り広げられ、国内経済は壊滅状態に陥ります。

ドキュメンタリー番組では、わずか8歳の少年アラジ君が、革命軍RUFにより目の前で両親を奪われたのち、兄弟を必死で養う姿が取り上げられていました。

当時、勉強も部活も大嫌い。将来なりたい夢もなかった私ですが、少年アラジ君の「何も欲しいものはないから勉強がしたい」といった言葉に衝撃を受け、国際協力を志しました。

高校卒業後、桜美林大学リベラルアーツ学群にて国際協力をメジャーに専攻しました。国際協力ゼミにて同級生と切磋琢磨するも、まったく意識高く国際協力を志してはいなかった学生時代。

普通に就活し国際協力の現場を離れていくであろうゼミ生をみて、自分もなんとなく、企業に就職して、土日にボランティアし、稼いだお金を一部寄付する未来を想像していました。

しかし、知れば知るほど、シエラレオネの情報はあまりにも少なく、国自体を認知している人はおろか、ボランティア団体や専門に支援するNPOも日本に存在しないという状況に驚きました。

アラジ君を知った衝撃を1日も忘れたことがなかった私は、「自分がなんとかするしかない」と決心し、大学卒業後に任意団体を設立しました。

アルバイトをしながら2年間で5度の渡航をし、2017年7月にはNPO法人として登記。現在は、シエラレオネの生の情報を、唯一発信し続ける日本人として、活動するまでになりました。

現在(これまで)の活動内容

これまでの4年間の活動では、日本において、「誰もが誰かの夢を応援しあえる社会の実現」を目指し、日本の若者の夢を応援するムーブメントを主催、そのコミュニティやイベントの中で、シエラレオネについて啓発・問題提起を行ってきました。

夢を持つ若者が登壇しあう「夢プレゼン交流会」や「ソーシャルドリームコンテスト」の開催延べ70回を通じ、約300名が登壇、延べ1500名がイベントへ参加し、シエラレオネについて知っていただくことができました。徐々にイベントにて直接出会う人のご縁からご支援いただくことが増え、NPO設立に至りました。

エボラ出血熱の収束を気に、2016年より現地活動がはじまりました。主な支援活動としては、首都フリータウンから離れたポートロコ村にある政府未承認小学校2件へ物資を届ける小学校支援、2017年の大洪水発生時に両親を亡くした子どもに対する月に一度の里親宅への家庭訪問を通じた、教育費・医療費の支援を行っています。

また、首都フリータウンでたびたび発生する大規模火災により家を失った13名のテーラー(アフリカ布の仕立て屋)とともに、日本での商品販売を目的に、収入向上を目指し商品開発・指導する支援プロジェクトを実施しています。

2017年には現地法人Africa Lionとともに、現地オフィスを設立。ゲストハウス「CHAMELEON」も運営しています。

国際協力をするなかでの葛藤、苦労とは?

私の初めての途上国体験は、アジア最貧国の一つバングラデシュでした。はじめて大学の研修でバングラデシュを訪れたとき、知識だけ学び、何もできない自分に愕然としました。

お金もない、人脈もない、自分に何ができるのかもわからない。けれど、そこで諦めることができなかったのは、アフリカの人々がかわいそうとか、日本人として生まれた使命感ではなく、当時から私を取巻く感情はすべてが怒りだったからのように思います。

その日暮らしでありながらも、懸命に生きているシエラレオネ人。過酷な環境に置かれた、彼らを知っている私。

「シエラレオネへの憤り」「シエラレオネ人がシエラレオネに対して抱く憤り」を代弁できるのは私だけだという想いが、必死の行動へと駆り立てました。

NPOを1から起業し、マネタイズしていくことなど、大学では教えてもらえなかったと感じたことも、この憤りを糧として、大学卒業と同時にファンドレイジングや資金運営、組織作りにおいて必死に学び、実践していきました。

↑大学での講義の様子。毎回100名以上の大学生が、自分にできることは何か真剣に考えます。

現在感じている一番の葛藤は、「社会貢献で食べていける人を増やす」と自分が実践し言いつつも、小さな志あるNPOの、支援対効果が残念ながらとても低いということです。

本来NPOでは事業で利益を上げていくことも大切だけれど、課題に対する、予防・啓発・効果測定も活動に含まれ、それを補うことができるのは、市民の皆様からの温かいご支援、そこに頼って運営している部分もあります。

組織運営(税理士報酬や家賃)・渡航費などの固定費(そして自分が食い倒れないようにするためのお給料)に経費がかかり、現状小さなNPOの支援効果率はとても低く、貧困の根本に矢印を当てるようなインパクトのある活動ができていないことも現状としてあります。

ただ、シエラレオネの現状を日本に伝えるというのは、私たちにしかできないと感じていますし、小さなNGOにしかできない、丁寧なやりとりや、草の根の意義が必ずあるはず。社会貢献を仕事にしたいという若者のロールモデルになれるよう、資金運営については葛藤する毎日です。「思い」だけではやっていけないことを痛感する日々なので、「冷静に分析」を重ね、組織運営に活かしていきたいと思っています。

将来実現したいこと

現状シエラレオネで行っている活動は、今目の前で困っている人に手を差し伸べる支援。小さなNGOであっても、支援者と受益者の顔が見える支援を続けてこられました。

しかし、多くの課題を抱えるシエラレオネという国で、今後も日本を代表して活動を続けていくからには、そして私が一生という人生をかけてやっていくならば、受益対象者を絞りより少ない資金で、社会的なインパクトのある、貧困の根本を解決する仕組み作りを実践していきたいと日々考えています。

どれも、机上で考えるだけでは、簡単なようで、まだまだ道は長いなと感じています。家庭を持った今後も変わらず、70歳まで、シエラレオネでシエラレオネ人とともに、新しいことに挑戦し続けていきたいです。

「シエラレオネは地獄だ」といった人たちが、「この国に生まれてよかった」と思えますように。そんな日の実現を夢見て、生涯かけてNPO法人アラジに取り組んでいきます。

おわりに

「シエラレオネは行きたいからと言って簡単に行ける場所ではない」

それを物語るように、現地では何度もトラブルに遭遇し、体調を崩しながらも、決して逃げることなくシエラレオネに向き合い続けている下里さん。

シエラレオネ一筋で、70歳まで本気で関わり続けようとされている覚悟の大きさに刺激をもらった方も多いはず。

シエラレオネと日本、遠く離れた距離を感じさせない、現地密着の活動の数々は、現地の人の想い(怒り、憤り)を汲み取り代弁できるほどの「当事者意識」あってこそだと、改めて実感しました。新たなカタチで、0から1を作り出そうとされている下里さんのこれからの活躍に注目です!

下里 夢美 (しもさと ゆめみ)

特定非営利活動法人Alazi Dream Project(NPO法人アラジ)代表理事

プロフィール:
1991年生まれ(27歳)/山梨県出身。特定非営利活動法人Alazi Dream Project(NPO法人アラジ)の代表理事。世界で一番命の短い国・西アフリカ「シエラレオネ共和国」の就労支援を目指し活動。現在までに、小学校支援・災害孤児支援・アフリカ布を使ったテーラー生活向上支援、ゲストハウス運営に着手・継続。日本では、インタビュー・メディア出演、イベントでの登壇、小中高・大学等での講義を通して、シエラレオネの諸問題に関する啓発活動を行う。現在、第1子となる男の子を出産予定。

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